稲子岳は、八ヶ岳の天狗岳北東にある2380mの、あまり目立たない山です。八ヶ岳の主稜線から外れており、一般登山道もない為、訪れる人は稀な山。しかし山頂直下の南面・東面には、大きな垂直の岩壁帯を擁しており、中山峠から眺める姿は、なかなかの迫力があります。その岩壁帯には昭和時代に開拓された無数のルートが存在します。その中でも左カンテは近年人気を集めているルートです。岩は総じてスッキリした形状で、岩質はアルパインルートにしては硬いです。
南壁は横に長く、ざっとみて500mの長さがあります。そこには古くからのルートが無数にありますが、その一番左端にある顕著なカンテを辿るのが、左カンテルートです。
登山道からのアプローチも一番楽で、テープで目印が付けられており、とても分かりやすく歩きやすい踏み跡があります。
稲子岳南壁をネット記事で検索すると、「岩が脆い」という評判を目にしますが、アルパインルートに慣れているクライマーにとっては、脆さはあまり感じず、かなり安心して登れると思います。
特に左カンテ周辺は岩壁がすっきりしており、赤岳西壁など他の八ヶ岳登攀ルートに比べて、より見栄えのする良質の岩壁です。
1ピッチ目 15m Ⅲ級。フェイスから幅の広いチムニーへ入ってピカピカのボルトでピッチを切る。
2ピッチ目 15m Ⅲ級。チムニーから石の堆積を乗り越えて、凹角状に入る手前でビレイ。
3ピッチ目 30m Ⅲ級。ビレイポイントから右上に繋がるコーナーを登る。途中には残置ハーケン、ボルトなどが打ってある。カムやナッツなどのナチュラルプロテクションも使用可能。
4ピッチ目 25m Ⅲ⁺級。このルートの核心部。大きな凹角の中を登る。ルートは2通りある。左側のハンガーボルトの方へ行けば、少し傾斜のあるクラックを使って乗り越える。右側のチムニーへ行けば、両側の壁に足を突っ張ったりして乗り越えられる。右側チムニーの方が易しい。凹角状の上にある少し平坦な場所でピッチを切る。
5ピッチ目 40m Ⅲ~Ⅳ級。リッジ状~脆いフェイス。このあたりへ来るととても露出感が増してきて、高度を稼いでいるという実感が湧くであろう。ビレイポイント直下のフェイスは、思い切りが大切。
6ピッチ目 20m Ⅲ⁺級。ほとんど頂上で、おまけの様なピッチ。巻くことも可能だが余力と時間があるなら是非最後まで岩伝いに行きたいものだ。頂上直下のワンポイントムーブには、少しだけ思い切りが必要。
↑2ピッチ目をリード中。この辺りは大きな浮石があるので要注意。
↑3ピッチ目
↑4ピッチ目 凹角の中のチムニー
↑5ピッチ目の頑張り処
↑6ピッチ目 左のワイドクラックか右のカンテか。
我々は偵察の為に、下から見上げて左カンテの左側にあるガリー(岩溝)を下降した。上半部は慎重にクライムダウン。途中に巨大なチョックストーンがある。このチョックストーンは横の壁に打ってあるアンカーから懸垂下降することが出来そうだが、老朽化したアンカーで心配な為、我々は左カンテの4ピッチ終了点に合流し、そこから懸垂下降して取付きに戻った。50mロープダブルで3回の下降。
取付きにダイレクトで戻るのでなければ、頂上稜線の踏み跡をたどって、岩壁を迂回して歩いて帰った方が安心である。
今回は、黒百合ヒュッテからアプローチしました。東京方面から車でアクセスするなら、このアプローチ方法が一番早いと思われます。
唐沢鉱泉——1h20m——黒百合ヒュッテ――0h05m——中山峠——0h15m——稲子岳南壁入口——0h25m——左カンテ取付き(総アプローチ時間: 2h05m)
アルパインルートにしては岩が硬くスッキリしていますが、良く整備された岩場に比べれば、浮石もたくさんあるしハーケンなどのプロテクションはいつ抜けるか分かりません。
挑戦するそれぞれのクライマーが、リスクコントロールを十分に行って登る必要があります。
登攀後に左フェイス全体を見に行ってみました。まだまだ楽しそうなルートが色々見つかりました。