日本第二位の高峰で大きな岩壁を攀じる。そんな素敵な登山ができるのが、ここ北岳バットレスです。
『バットレス』というのは元々建築用語ー日本語で控壁(ひかえかべ)ーで、ヨーロッパのロマネスク様式やゴシック様式の教会堂建築において、主壁を支える側壁を指す言葉として有名です。
北岳の山頂付近を巨大な建築物に見立てバットレスと名付けた、いにしえのクライマーは建築家だったのか、はたまた教会堂建築に造詣の深い人だったのかはよく分かりません。
この岩壁は白根御池小屋からもよく見ることができ、大樺沢を八本歯のコルに向かって歩いていくと、さらにその全体像を眺めることができます。
梅雨明けの夏空の下、大学山岳部時代にこのルートを登ったお客様と、40年前の記憶の扉を開きに行ってきました。
【1日目ーアプローチ】
雨のち曇り
13:00 芦安駐車場からシャトルバス乗車
↓南アルプス林道
13:54 広河原下車
14:05 広河原出発(1520m)
↓登山道歩き 2h10m
16:10 白根御池小屋(2200m)宿泊
17:50 夕食
20:00頃 就寝
【2日目ー登攀】
04:25 白根御池小屋出発(2200m)
04:52 二俣(2240m)
↓踏み跡歩き
06:28 Bガリー大滝基部
08:30 4尾根主稜基部(4尾根基部までおよそ4時間)
↓バットレス4尾根主稜登攀 3h15m
11:45 北岳頂上(3193m)
12:10 下山開始
↓尾根道から草すべり
14:00 白根御池小屋(2200m)
14:30 白根御池小屋出発
16:02 広河原山荘(1520m)
18:00 夕食
20:30頃 就寝
【3日目 バス移動】
05:00 起床
06:00 朝食
07:45 乗合タクシー乗車
↓南アルプス林道
08:25 芦安駐車場
【アプローチ】
今回私たちが使ったアプローチは、〔バットレス沢➡Bガリー大滝➡Cガリー横断➡4尾根〕というコース取りだ。この他にもDガリーから取付いて横断バンドを通過するものや、5尾根支稜から取付く物などがあるが、技術的に易しいこのコース取りを選んだ。
↑黎明のバットレス
↑バットレス沢の奥には下部岩壁
Dガリーから取付くクライマーも結構いるようだ。しかし個人的に横断バンドが非常にトラウマ(笑)で、そこはできるだけ避けたいという意図がある。
―――――――――ここからは話が逸れます――――――――
かつて私が20歳前後の時、師匠に連れられて初めての雪山登山に、北岳バットレス第4尾根にトライした。(学生の雪山デビュー戦にバットレス4尾根を選んだ師匠もかなりのタカ派ですよね笑)
そして下部岩壁Dガリー大滝基部にビバークし、翌朝登攀を開始した。雪は全くついていなく、ベルグラ(薄氷)だけに覆われたDガリー大滝を師匠が時間をかけて登っていく。かなり条件が悪いようで、師匠の顔が真剣そのもの。
師匠に続いてユマーリングする兄弟子と私。ロープとアッセンダーの使い方が悪かったため、ビレイポイントで高揚した師匠に怒鳴られた。
そしていよいよ件の横断バンド。師匠がリードし兄弟子と私がフォローする。私にとっては初めての12本爪アイゼンで雪と岩のミックス壁の登攀。その上横断バンドは脆い。出だしからもう怖気づいてしまって、注意が散漫になっていた。ふと掴んだホールドがスポーンと抜けて、私は横断バンドから8mほど吹っ飛んだ。
もちろんロープを着けていたので空中で私の身体は止まった。しかし私は背負ってるザックが重すぎ、頭と足が上下さかさまになっていて、何とか体勢を立て直そうともがいていた。すると上から師匠の怒号が、、、「山田動くな!!叫」
何だろうと上を見やると、私のロープが岩角でほとんど切れて、中の芯もブチブチ切れているではないか。いやこの時は焦った焦った。よく覚えてないが死に物狂いで壁にピッケルを叩き込み、何とか師匠のもとへ戻ることができた。
師匠は感極まって私のヘルメットをバシバシ叩いて泣きそうになりながら生き永らえたことを喜んでくれた。下山後に彼曰く、「あの時な、お前の父さん母さんの顔が目に浮かんだんだよ。だから生き延びてくれて本当に安堵したんだよ」
そんなことを話してくれた師匠ももうこの世にはいないが、北岳へ行くたびにあの時のことが思い出される。
――――――――話をもとに戻します――――――――
↑Bガリー大滝基部から大滝を見上げる
↑Bガリー大滝登攀中。ウォーミングアップに最適だ。
Bガリー大滝は40m×2ピッチ、グレードはおよそⅢ級。岩質は硬くホールドも掛かりが良い為登りやすい。
2ピッチ登ったらビレイピントからすぐに左の踏み跡へトラバースしていく。ビレイポイントの上にもスラブが広がるが、こっちは正規ルートではない。
踏み跡に導かれて第2尾根をトラバースする。そうすると落石の悪名高いCガリーにでる。Cガリーを踏み跡に導かれてしばらくいくと、ようやく4尾根主稜の基部にでる。ここは広場になっていて準備や休憩にちょうど良い。
【第4尾根主稜登攀】
①1ピッチ目(40m,Ⅳ⁺) ツルツルしたクラックから始まる。傾斜は緩いのだが、何分岩が滑りやすいので慎重に登る。クラックを過ぎると易しいスラブ。
②2ピッチ目(40m,Ⅱ) どこでも登れそうなスラブを登っていく。残置ピトンが打たれているので、それに導かれるように上がっていく。
➂3ピッチ目(40m,Ⅲ) 目の前の大きな垂壁を右から迂回すると、白い岩のクラックが出てくる。クラックとはいえかなり傾斜が緩く、ホールドもたくさんある。ジャミングを駆使するような難しさはない。
④4ピッチ目(50m,Ⅲ~Ⅳ⁺) 4ピッチと5ピッチを繋げて登った。ガイドブックでは合わせて60mとなっているが、50mロープいっぱいで登ることができる。高度感がすばらしいリッジのクライミング。そして途中に三角形のちょいと難しいスラブ。よくよく手と足の置き場を観察して登る。
マッチ箱の頂点にはしっかりとしたアンカーが設置されている。ここから15mの懸垂下降。
⑤5ピッチ目(30m,Ⅳ) 傾斜の緩いコーナーからリッジを登っていく。
↑5ピッチ目終了点からマッチ箱を振り返る
⑥6ピッチ目(30m,Ⅲ⁺) カンテまたは左のルンゼ状のどちらかを登れるが、我々は右のカンテを辿った。
⑦7ピッチ目(40m,Ⅳ⁺) 以前ここには枯れ木テラスがあったのだが、根こそぎ岩が無くなっていて、途中からナイフリッジのトラバースをする。ナイフリッジを両手でつかみ、足はスメアリングか小さなフットホールドに載せて、慎重に左へ移動していく。途中すっぱりと切れ落ちたギャップを越えて、城塞に開いたチムニーを直上していく。このチムニーには残置ピトンが数本打ってある。スモールカムもあると心強い。ワイドクラック登りに慣れていないと、ここをリードするのには少し難儀するだろうなと思う。チムニーを抜けると傾斜が緩やかになり、ハイ松に設置された残置支点でピッチを切る。
もう一ピッチスタカットで登っても良いが、我々は同時登攀で最終ピッチを登った。そのあとは踏み跡を忠実に辿って登山道に合流。10分ほどあるいて待ちに待った山頂へ着いた。
40数年ぶりにこのルートを再登されたお客様は、「学生の頃このルートを登山靴で登ったのが信じられない、若さゆえの勢いがあったのかな」と仰っていたのが感慨深かったです。
このルートは枯れ木テラス付近の崩壊に伴い、城塞部のチムニーがルートの核心部となってしまいました。ザックを背負いながらのチムニー登りはなかなかチャレンジングですが、私はこのルートがまた一つ新たな表情を増やしたようで興味深いと思っています。
フリークライミングで5.8をゆとりを持って登れる方であれば、この北岳バットレス第4尾根を十分楽しむことができるでしょう。
標高2200mの白根御池のほとりに立つ、綺麗で素敵な山小屋。1回目の夕食は17:00~。2回目は17:50~。登山関係の蔵書がたくさんあり、空いた時間に読書を楽しむことができる。
朝食のお弁当はおにぎり3個。若干小さめなおにぎり。大男にとっては少し少ないが、手作りのおにぎりはとても美味しい。池のほとりでキャンプするのも乙である。
電波状況:docomoはまずまずつながる(通信速度は遅い)
北岳登山の玄関口、広河原にある。2022年に完全リニューアルオープンした。山小屋ではないようなしっかりした宿泊施設。お風呂に入れるのが嬉しい。ただし相部屋は昔ながらの12人一部屋の大部屋で、雑魚寝。ここがちょっと残念。半個室のような設備があれば嬉しいのだが。。。
電波状況:docomoは2本ぐらい立つ(通信速度はかなり遅い)